2012年1月29日日曜日

本当にそうなの?

今日も寒いですね。

土曜日のクラスを見ていても、どんな季節の中でも高い水準の感性を、
維持し、働かせているみんなに改めて驚く。
素晴らしい人達だ。

ところで、思い込みと言うものがある。あるいは固定概念。
出版社の方、編集をされている方達ともお付き合いがあるが、
大きな出版社ほどこういう本が売れる、こういう本が売れないという、
固定概念がある。読者はこうだというイメージができているからだ。
でも、案外そうじゃなかったりする。
だから、名もない小さな出版社が、素人の様な人に書かせた本が、
いきなりベストセラーになったりもする。
勿論、様々なジャンルのプロの判断は無難なものなので、
その枠にとどまっている限りは、ある程度は売れたりもするようになってはいる。
つまり、大当たりはないけど、極端にはずれる事もない。
みんなそういう仕事をするから、なかなか面白いものはできない。
少しづつ読者とずれていく。
普通の人、一般の人はこうだと、思い込んで、ある意味でなめている。
一番分かりやすいのがテレビだろう。
もう、誰だって面白いと思ってはいない。
それなのに同じ様なものを作り続ける。
こういうの作りたいけど、見る人は分からないだろうしとか、
わかりやすく、一般の人は‥‥等と言っているが、
実はすでにそのイメージする一般の人の意識とズレてきている。
なんの世界でもそれは一緒だと思う。

案外、人は無難な事を嫌っている。
意外と分からない事や、あたらしい事を面白いと感じる。
最初はえーっと思っても、あれ、面白いかもと思ったりする。

このブログでも、
ある人が今年は前より穏やかすぎてひと味足りないと言ってくれた。
結構、ここまで書いたら反発されるかなというところも、
正直に書く事を続けて来たが、あんがい、批判よりも、
はっきり言う人がいてスッキリしたという意見の方が多かった。
まあ、僕のまわりの人だけの声しか聞いていないので何とも言えないけど。
それに「敵をつくるな」とか、純粋に僕のことを思って、
心配してくれる方も居るので、それは有難いと思って、今年は書き方も変えている。

話がそれたが、こんなの普通の人は面白いのかなと、思うことでも、
いがいにつうじる事はいっぱいある。
美術雑誌の編集の方と話していた時も、
現代アートのある作品について、なんのために何をしているのか、
本人も自覚していないし、面白くもないものをわざわざ見る必要もないと、
という話になった。わりと僕が思った事を言っていると、
「そう。本当に私もそう思っていたんだけど、ずっと言っていいのかと迷ってて」
と。実はみんな本当はそうなのではないだろうか。
そんなのつまらないし、付き合ってる時間がない、
あるいはもっとこっちの方が面白いと思っていて、
誰も言わないから、なんとなく言ってはいけない事になってしまっている。

プロが作り出すものでも、多くのものは、もうそんなのいらないと、
みんな思っている。

ある人から聞いた話。
どこかの大学で実験された事。
子供はどんな色に反応するのか、調べた人が居るらしい。
結論を言うと、すべての色に同じくらい反応する。
つまり子供らしい、子供が好きな色というのは、
大人がイメージする子供の色に過ぎない。
こういう事は、本当にいっぱいある。
絵本でも親が選ぶので分かりやすい、教育的なものが多い。
絵が綺麗な外国語の絵本がいいなと思っても、
子供には分からないと決めつける人がいる。
本当は子供はそっちの方が好きに決まっている。
それに、分からない、分かりたい、分からないけどイメージが伝わる、
そんな経験ほど子供にとって大切なのものはない。

本題に入る前に前置きで長くなってしまった。
教室の時間が来るので、続きは次回。
この話は、少しでも新しいものの見方を見つけて、
自分の限界を超えていこうという内容の予定です。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。