2012年8月10日金曜日

立ち止まって考えること

ボランティアスタッフ募集中です。
詳しくは前回のブログをご覧下さい。

今日は今後まとめ役になってくれそうな方とお会いした。

久しぶりに夜に書いている。
というかブログをはじめてから、夜に書いた記憶は2、3度しかない。
この夏は暑い日が続くが、時々、涼しい時間があるので救われる。

7月は多くの来客者をむかえた。
その中には本当に真摯にこの場を捉え、ご自分のお仕事にいかそうとされる方もいた。
立場のある方が私達に深い理解をよせて下さる。有難いかぎりだ。

昔に比べて理解して下さる方、応援して下さる方が増えた。
味方が増えた。

8月は残っている仕事をしている。
纏まった時間にしか出来ない仕事もある。

講演で岐阜に行く以外は東京に居る。
静かな日々だ。
いつもいつも何処かに行って何かをしていなければ気が済まなかった。
何かをしたら次の何かを探した。
留まることが嫌だった。止まることが嫌いだった。
一つの場所にじっとしていられなかった。

7月は後半にみっちり制作の場に向き合ったのに、
今はまた作品に触れていたくてしかたがない。
作家たちと関わりたくてしかたない。
そんな感じになったのは初めてだ。
僕の場合、切り替えが早いので場を離れると、もう違うところにいく。

セミの声って、なぜうるさく感じないのだろう。

かつて僕に毎年のように「夏らしいことした?」と聞いてくる人がいた。
僕はその質問がバカバカしくて嫌いだった。

今年はお盆もアトリエにいる。
お墓参りにも行かない。海にも花火にも行かない。
仕事の合間にこうしてセミの声を聴いているうちに、時が過ぎ、夏が終わるだろう。

留まっていると色んなことが見えてくる。
動き回っていては見えないことも。

毎日変化する悠太の成長を見て、一緒に遊んで。
児童館へ行ってみたり。

ちょうど去年の夏休みから、このブログをはじめた。
夏のアトリエの前に朝から書いていたのを憶えている。
これを書き始めるまでは僕は昔のことは言わないようにしていた。
振り返ることに意味を感じなかった。
でも、一年ほど前から伝える時期、これまでを見直す時期がやってきた。

悩まない、後悔しない、反省しない、振り返らないと、決めて来た。
でも、そろそろそういうことも必要だと思う。

多くの人を傷つけて来なかったか。
疲れさせてこなかったか。
自分が与えられたものを誰かへ与えてこれたのか。
怖がらせてしまったり、緊張感を与えてしまったりしなかったか。
伝えることに熱心になり過ぎて、聞くことを忘れていなかったか。
手伝ってくれた人達に教え過ぎて、自分で見つける場面を奪ってこなかったか。

僕自身がこれまでの在り方を超えて行かなければならない。

もっと力が抜けなければ、周りの人達も本当にリラックス出来ない。

制作の場にしてもここまでのレベルにはどうしてもしたい、
というところまではもう実現している。
これからは自分以外の人に繋げて行く方が遥かに大切だ。
これまでの理想はもうこの辺で良いだろう。

みんなでと思いながらも、1人で突き進む癖が抜けなかったのかも知れない。
これからは本当にみんなでやっていく。
協力し合って、相手を信頼して。
むしろ、ここからが本番なのだから。

勢いが強すぎると言われたこともあった。
周りが疲れるよ、と。
真っすぐだけでは生きていけないよ、と諭して下さる方もいる。
これまでは、本当には聞く耳を持てていなかったのかも知れない。
今年は体調を崩した時期もあった。
何とか仕事には支障をきたさなかったが。
珍しく思うように自分をコントロール出来ないという時期もあった。
これまでのようには行かないなと感じることもあった。
でも、そういうことで自分を見直すことにつながったのかも知れない。

自分はしょうもない人間なのだと思う。
助けてくれた人、教えてくれた人、支えてくれた人がいるから何とかなってきた。
しっかり恩返し出来る人間になっていきたい。

いつも結局思う。
夏は良い季節だ。本当に素敵な季節だ。
暑さでヘトヘトになりながら、
汗でベトベトになりながらそう思う。

色んなことを考えて、思って、
でも生まれた以上すすんでいくのみと思う。

夜の風はきもちがいい。
明日は雨だろうか。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。