2012年12月3日月曜日

毎日

今日も冷え込みが厳しい。
今、アトリエを暖めながらこれを書いている。
グールドのバッハ、ゴールドベルク変奏曲が流れている。
一度目の録音の方。
グールドは初期の方が好きだ。
スピード感がいい。
機械的と言う人が多いが、機械的というよりは数学的、建築的だ。
音楽の構造そものに語らせる。
それぞれの音が思いつきではなく、有機的につながっている。
法則を正確に描けば描くほど、現れたものは自然に消えて行く、
と言うことを感じさせてくれる。
何もかもが美しく、何もかもが過ぎ去っていく。
この快適なスピードに乗って。正確に刻まれていくリズムにのって。

昨日のアトリエは来客も、見学もなく、僕と作家たちだけ。
やっぱりこういう時は流れがいい。
本当はこれが一番なんだけど、あんまり言わない。
どんな要素も良くなるために活かさなければならない。
それぞれ違う良さがあるから。

いよいよ選挙だ。
いろいろ書いていくことにしたが、政治だけは語る気がしない。
政治には黙っておこう。

ただ、今の世の中の動きを見ていて、楽天的にはなれない。
マイナス思考は百害あって一利無しなのだけど、
あまりにも深刻さに欠けている様に思える。
それこそ、大袈裟かも知れないが、人類にとって滅ぶかどうか、
というところまで来ているのではないのだろうか。
それは確かに物理的にはどうしたっていつかは滅ぶのだろうけれど、
愚かすぎる滅び方はしたくないものだ。

最近はあんまり書かない様にしていたけれど、
日本中に放射能が散ってしまって以降は、
この世界は別のものになったことを忘れてはいけない。
出来るだけ、距離をとったほうが良いが、
それ以上に口に入れるものに気をつけたい。
食べ物は距離以上に重要になってくる。
チェルノブイリでも食物からの被爆が7割だったと読んだ。
つまりは、一定の距離に避難して食物を選ばなければ、
東北にいて食べ物を徹底しているよりリスクは高くなる。

しかも、これはかなり難しい。
産地は基準としては今のところ、一番有効だろうけれど、
これからはしっかり検査もされていかなければならない。

このことを書いていくと、結局答えはない。
だから、どれだけ自覚して、どう生きるか、という各個人の判断になってくる。
しっかり、丁寧に生きていきたいものだ。
自分の無知の結果、自分の身になにがおきてもしかたない。
でも、子供や次の世代のことには大人達が責任を持たなければならない。

もう書かないが、一つだけ気になることを指摘したい。
基準値ってなんだ、と言うことだ。
人々は放射能測定済みとなっていると安心する。
でも、計ったからそれで良いという風潮にも警戒した方が良い。

低線量被爆というものがある。
本当に怖いのは低い線量の放射能を長い間、浴び続け、
蓄積されていくことだそうだ。
そうなってくると、基準値以下の放射性物質もかなり怖い。
基準値以下だから食べ続ける、ということになってしまう。

そもそもが基準値なんて、作ることが出来るのだろうか。
ここまでなら、大丈夫と言える数値があるとは思えない。
こう言ってしまうと、すべてが救いようが無いことになるのだが、
はっきり言うと、「放射性物質を含むか否か」が基準だ。
ゼロかどうか、と言うことだ。
そうすると、さっきも言ったが救いようがなくなる。
だから、そう見えない様に基準値というものがあるとしか思えない。

基準値とか偏差値とか、それはいったいどんな根拠があるのだろうか。
というより、根拠なんかないことはすぐに分かる。

もう、とっくに過去の様になってしまったが、
一時期「ただちに人体に害がない」という言葉があった。
この「ただちに」という言葉は凄い。
「基準値」も「ただちに」と同じトリックだ。

ところで、こころというものをずっと見て来たし、
ここでもお話して来た。
僕はあえて言えば、人間のこころというものをテーマにしている。
そして、ダウン症の人たちは人間のこころの本質がどうなっているのか、
教えてくれる存在と言える訳だ。
こころ、というものから考えた場合、
「ただちに害がない」ものとは最も害のあるものであると言える。
どんなに害になるものでも、ただちにその場で、その反応がでるものは、
ある程度、対処も出来るし、難しさというレベルでも、
「ただちに害がない」ものほどではない。
「ただちに害が」なく、少しづつ蓄積されていくものは、
本当に恐ろしい。

これは良いものでもそうなのだ。
僕達はこころにとって、良いことをしたいと思っている。
人のこころに良いものを残していきたいと。
本当に良いものとは「ただちに良い」ものではない。
気がつかないうちに蓄積されていくものだ。

放射能の逆を行きたい。
見えないけれど、少しづつ広がって行って、
気がつかないうちに強い影響力をもっていく、
やさしさや豊かさのエネルギーが世界中に行き渡ればいい。

ささやかながら、みんなであたたかい、良い場を創っていく。
毎日、毎日、創っていく。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。