2014年5月10日土曜日

汚さない動き

夜、絵具を作りながらテレサ・テンを聴いていた。
山岸さんからもらったCD。
拓巳さんからもらったピンクレディーと山口百恵のもある。
拓巳さんから来たのは、彼がどこかから持って来てしまった物だろうけど。

そんな2人も今はもうこの世にいない。
本当に不思議だ。

絵具を作っている時には、気持ちをこめることが出来る。
大切な時間だ。

人に伝えるということを僕なりに頑張って来たけれど、
そしてこれからも努力して行くつもりだけど、
実際にアトリエを見学したり一緒に過ごして来た人達には、
もっともっと大きな部分で伝わっているものがある。

そういうことを後になって言ってくれる人もいる。
ああ、ちゃんと伝わってたな、やって来て良かったなと思うし、
大切にしてくれてありがとうという気持ちにもなる。

これからはイサもそうだし、他の人達もそうだけど、
何かを感じてくれた人達が自分の仕事の中で繋いで行ってくれる。

やらなければ、やれなければ、ただの言葉にすぎない、
ということを示して来たつもりだ。
そして実際にやって見せて来た。

こころや創造性に寄り添う時に必要な繊細な動きと言うものは、
実際には様々な場所で求められるものだと思う。

海や川の音を聴いていると分かることだけれど、
流れと言うものは一時も留まることがないものだ。
人だけが、思考だけが止まってしまうし、固定してしまう。
川のようになれたら、川のように動けたら良い。それが理想だ。

大河の流れのような大きな動きをまず感じとる。
どんな場にもそれがあるのだから。
耳を澄まして聞き取れるようになること。
流れを自覚出来たら、それを最優先することだ。

何かをしようとか、してやろうという意識を捨てた方が良い。
場や流れの中でいかに邪魔してないか、違和感がないか、
そこだけを気をつけて行く。
濁ったもの澱んだもの、そういうものを持ち込まない。
人としてのいやらしさやいじわるさ、それが一番いけない。

場を汚さないこと、これが最も大切なことだ。
一つ一つの動作が自然でズレがなく、流れに重なるものになっていれば、
自分も他人も心地良く感じるものだ。

すべての瞬間が新しいし、今その場で何かが動いていて、
生まれつつある、創造性という奇跡を目の前にしていることを忘れてはならない。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。