2015年4月24日金曜日

何が本質か。

昼間は暑いくらいでしたね。

共働学舎のドキュメンタリー映画「アラヤシキの住人達」、
いよいよ上映が近づいて来ました。
アトリエでもチケットを販売することにしました。
明日、あさっての教室には間に合わないと思いますが、
次週からは置きます。
一言お声をかけて下さい。

ラッシュジャパンさんとのコラボ商品も好評で嬉しいです。

僕はまた現場のことを考えています。
いつでもだけれど。
更に一段上の場にして行くには何が必要なのか。

場とは何なのか。答えの無い探求です。

言うだけで満足している人には縁のない話。
ちょっとイベントをして、何か変わった気になったり、
何かした気になったり、あるいはそんな気になれない不安から、
また次のイベントを考えたり。
そんな上っ面なことで終わって行く人は多い。

どうしたら企画が注目されますか、とか、
展示が上手く行きますか、とか質問して来る人も居る。
その前に何故、注目される必要があるのか、
なぜ展示するのか、良く考えてみた方が良い。

一番大切なのは内容、中身のことだ。
充実した時間を提供出来ているのか、そこで幸せを感じてもらえているのか。

深い現場があって、心の底から立ち上がって来る力があふれて、
そのエネルギーに触れている時、他の全てはしょせんは本質ではないと感じる。
これが全てこの時間が全てなのだと。

世の中は卑しさだらけだけど、
もうそんなことに関わり合っている暇はない。
僕達はどこまでも歩いて行く。
一歩、一歩を踏みしめながら。

ここではみんなの意思が一つになっている。
外ではやられっぱなしの人も多い。
否定されてばかりの人もいる。
あるいはずっと無視されている人も居る。
蔑まれバカにされ。
でもね、そうやって否定して来る人達が何を知っていると言うのか。
何を見ていると言うのか。
見せてみな、と向かって行くと何も出て来ない。
何となく生きているにすぎないから。
薄っぺらな、どこかで誰かに押し付けられたことを反復するのみ。

だから僕達はこれこそが人の本来の姿だ、と言うものを場において行う。
これがこの人達の、僕達の答えだ、と。
それ以上の答えがあるのなら見せてみな、という気持ちはある。
僕らはずっと見せている。
そっちじゃない、こっちだと。

決まりきった答えに安住している訳ではない。
いつでもその場で勝負して探し出している。

ここで見ていると、一人一人、みんな凄い。
イベント屋さんでは太刀打ち出来ないだろう。
で、それで何なの?と突きつけて来る。

僕らはみんな素になって、魂を抱きしめ合っている。
上辺でどうこうという関係とは無縁だ。

装うことをしない、逃げも隠れもしない。

さもしい根性が植え付けられている世界の中で、
何が大切なのか忘れないでいよう。
この瞬間こそが全てなのだから。

一回、一回の場がそれを証明しなければならない。
明日もきっと本当のものに触れられる時間となるでしょう。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。